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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)986号 判決

債権者 日本輸出貿易株式会社

債務者 市川産業株式会社 外二名

主文

本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

第一、債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、「債務者等は、別紙第一図面記載のようなオルゴール付ライターを製造、販売又は拡布してはならない。」旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(理由)

一  債権者は、オルゴール付ライターの型について、昭和二十九年七月一日出願、翌三十年六月六日その出願公告を経て、同年九月九日「オルゴール付ライター」の名称で登録された実用新案権(登録第四三三五〇六号。以下本件実用新案権という。)の権利者である。

二  本件実用新案権は、もと、草分一が登録権利者であつたが、昭和三十年十月三十一日、債権者は、草分一から代金二十万円でこれを譲り受け、翌三十一年二月十四日、本件実用新案権取得の登録をした。

もつとも、右の譲渡に際し、草分において、同年一月三十一日までに金二十万円を債権者に支払うときは、本件実用新案権は草分に帰属する旨の特約があつたが、同人は、右約定の期日までにその支払をしなかつたので、本件実用新案権は、債権者に属することとなつた。

三  しかるに、債務者市川産業株式会社(以下市川産業という。)は、昭和三十年十二月二十日頃から、何らの権限もなく、債務者東邦産業株式会社にライターの部分を、債務者有限会社隅田プレス工業所にライターの胴体の部分を、それぞれ下請製造させ、市販のオルゴールをこれらに組み合せて、別紙第一図面に示すようなオルゴール付ライターを製作し、販売、拡布している。

四  このように、債務者等が共同で製作し、債務者市川産業が販売拡布しているオルゴール付ライターは、本件実用新案と、構造上多少の差異はあるが、全く類似のものである。すなわち、

(一) 本件実用新案権の権利範囲は、別紙第二図面に示すように、「オルゴール(1) を共鳴板(2) に螺着して、ライター主体(3) 内に嵌装し、ライター上部の挺子杆(4) の下面に連着せ擺動杆(5) の下端には、凸出部(6) を有する如く折曲せる作動杆(7) を固着し、該作動杆(7) の先端の欠溝(8) は、オルゴール(1) のガバナー(9) を停止せしめる停止杆(10)を狭囲し、停止杆(10)の先端近くには、切換用ボール(12)が係入する凹部(13)を削設して成るオルゴール付ライターの構造」であり、

(二) その重用部分は、

(い) オルゴール(1) をライター主体(3) 内にはめこみ装置すること、

(ろ) ライター上部の挺子杆(4) を押し下げることによつて、ライターの発火と同時にオルゴールの鳴音を開始させること、

に存するが、

(三) 別紙第一図面に示すような、債務者等の製品も、本件実用新案権の前記重要部分と全く同一の構造をもつている。

(四) もつとも、本件実用新案と債務者等の製品とは、オルゴールの鳴音停止の装置について、構造上、若干の差異がある。すなわち、

(い) 本件実用新案においては、オルゴールの鳴音を停止するには停止杆(10)を指先で内方に押し込むことにより、停止杆の先端が、ガバナー(9) の回動を停止し、ガバナーが止ることによりオルゴールの鳴音が停止するという構造になつているのに対し、

(ろ) 債務者等の別紙第一図面に示す製品においては、挺子杆(5) を下方に押すことによつて、オルゴールの回転胴(12)の透孔(13)をはずれた止ピン(9) が、回転胴(12)の溝を摺動し、回転胴が一回転して、透孔(13)が止ピン(9) の位置までくると、これに止ピンがはまり込んで回転胴の回動を止め、したがつて、オルゴールの鳴音が停止するという構造になつている。

(五) しかしながら、このような差異は、いわゆる構造上の微差に過ぎず、前段主張のように、その重要部分が同一である限り、債務者等の製品は、本件実用新案権の権利範囲に属するといわなければならない。

(六) また、本件実用新案と、債務者等の製品の構造の作用、効果の点から観察しても、ライターにオルゴールを装置して、ライターの火をつけると同時にオルゴールを鳴音させるという最も重要な作用効果においては両者は全く同一であり、ただ、オルゴールの鳴音を停止させる構造の差異により、本件実用新案においては随時、欲するところに従い、停止杆を内方に押し込むことにより停止せしめ、あるいは、停止杆をそのまま放置して、引続きオルゴールの鳴音を聞くことができるのに対し、債務者等の製品においては、常にオルゴールの回転胴が一回転するまでは、鳴音を停止させることができないとともに、停止した場合には挺子杆を押し下げること、すなわち、ライターに点火する作動をしなければ続いて鳴音を聞くことができないという相違を生じているが、債務者等の製品のこのような作用効果は、本件実用新案に比較して何らの利点もなく、むしろ改悪であり、本件実用新案権の侵害を免れるための方便として、強いて不必要な構造を加えたものというべく、そこに、実用新案性(いわゆる新規な工業的考案)を見出すことはできず、作用効果の最も重要な部分が同一である限り債務者等の製品は、本件実用新案権の権利範囲に属するというべきである。

五  かように、債務者等が別紙第一図面に示すようなオルゴール付ライターを製造し、債務者市川産業が、これを販売、拡布することにより本件実用新案権を侵害されているので、債権者は債務者等に対しその排除を請求する権利を有するものである。

六  債権者は、昭和三十一年一月十二日、前権利者草分一を通じて債務者市川産業に対し、製造販売を停止するように要請したが、同会社はこれに応じないばかりでなく、(一)同年一月二十日を最初として、喫煙具新聞に、オルゴール付ライターの実用新案権は、同会社がこれを有しているかのように一般卸売業者その他の需要者を誤信させるような広告をし、その結果、債権者は、本件実用新案権を有することを疑われて従来の信用をおとし、しかも、債務者等の製品は単価が安いため、債権者は、その販売先を失う結果を招来しており、(二)債務者市川産業は、ライター業界においては有力な業者であるため、同会社が右のような広告をし、販売を続けるときは、他の業者もこれにならい、模造品を製造、販売する虞がある。(三)また、ライターにいれるオルゴールのメーカーは株式会社三協精機製作所だけであるが、債務者市川産業は、右会社に対し、オルゴールを債権者に販売しないように働きかけ、そのため、債権者はオルゴール入手の途を絶たれ、本件実用新案権は有名無実に帰そうとしている。(四)債務者等は、各種ライターその他の雑貨の製造、販売を業としているが、オルゴール付ライターは、各自の営業全体からすれば、その一部を占めるに過ぎないが、近時、その製造販売高は債権者のそれを凌ぎ、これに対し、債権者は、本件実用新案権を買い受けて試作し、宣伝し、商品として売り出すまでに三百万円以上の資金を投入し、ほとんど、債権者の全営業となつており、ようやく製品を販売できるようになつたときに、債務者等に権利を侵害され、その投入資金すら回収することができない状態に立ち至つている。

七  よつて、債権者は、債務者等に対し、前記侵害行為の排除をもとめる本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その本案判決をまつていては、前記のような回復不能の損害を蒙る虞があるので、これを避けるため、本件仮処分申請に及ぶものである。

第二債務者の主張

(申立)

債務者等訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(理由)

一  債権者の主張事実のうち、本件実用新案権が、もと草分一の権利に属していたこと、債権者がその取得の登録を受けたこと、債務者等が、債権者主張のように別紙第一図面に示すオルゴール付ライターを製作、販売していること、本件実用新案件の権利範囲が債権者主張のとおりであること並びに債務者等の製品が、債権者が権利範囲の重要部分であると主張する構造と同一構造をもつていることは認めるが、その他の事実はすべて争う。

二  債権者は、本件実用新案権の権利者ではない。すなわち、債権者は、真実の権利者草分一に金二十万円を貸与し、これを担保するために、本件実用新案権の権利証書を白紙委任状とともに預り、その後、草分が期日に金二十万円を債権者方に持参したにかかわらず、債権者は権利証書等を返還せず、これらを利用して登録名義を債権者名義に書き換え、真正な権利者のように装つているものである。

三  仮に債権者が本件実用新案権の権利者であるとしても、債務者等が製作するオルゴール付ライターは、本件実用新案権の権利範囲に属さない。すなわち、本件実用新案の重要部分は、

(い) ライターの発火用挺子杆(4) によつて動かされる擺動杆(5) に取りつけられた作動杆(7) の突出部(6) が、ガバナー(9) の停止杆(10)の鍔(11)を外方へ押し出すようにした構造、

(ろ) 停止杆(10)に凹部(13)を設けて、これに切換用ボール(12)を係入して、停止杆(10)が、ガバナー(9) からはずれた状態を保つようにした構造

であり、その目的とするところは、ライターの発火用挺子杆(4) から指を離しても、オルゴールが鳴奏し続けることにある。しかるに、債務者等の製品は、以上のいずれの構造をも備えていないから、本件実用新案権を侵害するものではない。

第三疏明関係〈省略〉

理由

(当事者間に争いのない事実)

一  本件実用新案権が、もと草分一の権利に属していたこと、債権者がその取得の登録を受けたこと、債務者等が、債権者主張のように、別紙第二図面に示すようなオルゴール付ライターを製作し販売していること、本権実用新案権の権利範囲が債権者主張のとおりであること並びに債務者の製品が、債権者が権利範囲の重要部分と主張する構造をもつていることは、当事者間に争いがない。

(債権者が本件実用新案権の権利者であるかどうかについて)

二 債務者等は、本件実用新案権の権利者は草分一であり、債権者ではないと主張するが、債権者が、本件実用新案権取得の登録を受けていることは当事者間に争いのないところであるから、他に債権者が権利者でないと認めるに足る何らの疎明もない本件においては、債権者が本件実用新案権の権利者であるといわざるを得ない。

(債務者等の製品が本件実用新案権にてい触するかどうかについて)

三(一) 本件実用新案権の権利範囲が債権者主張のとおりであること、その重要部分であると債権者が主張する構造を、債務者等の製品もまた、もつていることは当事者間に争いがないことは、前段掲記のとおりである。

(二) よつて、まず、債権者が重要部分であると主張する点、すなわち、(イ)オルゴールをライター主体にはめこみ装置したこと、(ロ)ライター上部の発火用挺子杆を押し下げることによつて、発火と同時にオルゴールの鳴奏を始めることの二点が、はたして、本件実用新案権の権利範囲の重要部分であるかどうかを判断するに、成立に争いのない乙第三、第四号証、証人大野晋の証言によつてその成立を認め得る乙第二号証並びに同証人及び証人福田信行の各証言を綜合すれば、

本件実用新案権の権利範囲の重要部分は、オルゴールの鳴奏を停止杆によつて任意に停止させることができるような構造にある。

と、一応、認め得べく、単にオルゴールをライター内にはめこむということは、漠然とした観念の域を脱せず、あるいは、特許発明として、特許権の対象とはなり得ても、実用新案権の要件としての構造とはいえないものと認められる。債権者本人尋問の結果によつてその成立を認め得る甲第七号証の記載及び証人加藤格の証言のうち右一応の認定に反する部分は、いずれもにわかに措信できないし、他にこれを覆すに足る疎明はない。また、ライター上部の発火用挺子杆を押し下げることによつて、発火と同時にオルゴールを鳴奏させるという点についても、これが、本件実用新案権の重要部分であると認め得る疎明はなく、かえつて、前掲事実からすれば、それは本件実用新案権の基本的な構造ではないことが推認される。

したがつて、債務者等の製品が以上の二点において本件実用新案にかかる構造と同一であるからといつて、それだけでは、債務者等の製品が、本件実用新案権の権利範囲に属するということはできないことは、多くの説明を要しないところであろう。

(三) 次に、本件実用新案と債務者等の製品とが、オルゴールの鳴奏を開始し、停止する装置の構造において、債権者の主張するように、類似であるかどうかについて判断するに、証人加藤格の証言によつてその成立を認め得る甲第三号証、証人大野晋の証言によつてその成立を認め得る乙第二号証、同証人及び証人福田信行の各証言を綜合すれば、

(い) 本件実用新案においては、別紙第二図面に示すように、「ライター上部の挺子杆(4) の下面に連着した擺動杆(5) の下端には凸出部(6) を有するように折曲した作動杆(7) を固着し、該作動杆(7) の先端の欠溝(8) は、オルゴールのガバナー(9) を停止せしめる停止杆(10)を挾囲し、停止杆(10)の先端近くには、切換用ボール(12)が係入する凹部(13)を削設してある」構造であるに対し、

(ろ) 債務者等の製品においては、別紙第一図面に示すように、「ライター上部の挺子杆(5) の下面に連着する擺動杆(6) の下端に接して作動杆(7) の上端を位置し、下端は、オルゴール(1) と共鳴板(2) との間を押通して、回転胴(12)の下方に突出させ、先端折曲部に回転胴(12)に設けた透孔(13)にはめこまれる止ピン(9) 及びオルゴールのガバナー(14)を停止させる停止杆(10)を固着し、作動杆(7) の中間に、一端を共鳴板に固着した発条(11)の他端を掛止してある」構造であること、

しかして、これらの構造がそれぞれ目的とするところは、

(イ)  本件実用新案においては、発火用挺子杆(4) に連着する擺動杆(5) の下降により、凸出部(6) で、停止杆(10)をガバナーから離して外方へ抜き出し、また、停止杆(10)の先端近くに切換用ボール(12)の係入する凹部(13)を設けて、停止杆(10)が、ガバナーを解放する位置に抜き出された際に切換用ボール(12)と、凹部(13)との係合により、停止杆(10)を抜き出された位置に保持し、ライターの発火用挺子杆から指を離しても、オルゴールの鳴奏は、停止杆(10)をライター主体の外部から内部に向つて、別に指で押さない限り、続くようにした点にあるのに対し、

(ロ) 債務者等の製品においては、擺動杆(6) の先端によつて作動杆(7) (コ字型枠ともいう。)が押し下げられると、作動杆(7) に設けられた止ピン(9) は、オルゴールの回転胴(12)の透孔(13)から抜け出し、同時に、停止杆(10)は、ガバナー(14)翌片の係止を解放し、一方、作動杆(7) が、発条(11)により、絶えず原位置に復帰する傾向が与えられているため、停止杆(10)に設けた止ピン(9) が回転胴の透孔(13)から抜き出され、回転胴が一回転して、止ピン(9) が透孔(13)に再びはまり込み、同時に停止杆(10)が、ガバナー(14)に係止されることすなわち、オルゴールの回転胴が、一回転すれば、オルゴールの鳴奏は、自動的に停止するようにした点にあること、

を、一度肯認し得べく、証人加藤格の証言のうち、これにてい触する部分は、にわかに信用することができない。

(四) したがつて、これらの事実からすれば、両者はオルゴール付ライターの構造としては、それぞれ独自の新規性をもち、もとより類似しているものではないと認めるのが相当である。

(むすび)

四 これを要するに、以上本件において明らかにされたところによれば、結局、債務者等の製品は、その構造において、本件実用新案権の権利範囲にてい触しないものといわざるを得ない。

したがつて、債務者等が、債権者の実用新案権を侵害していることを前提とする本件仮処分申請は、結局被保全権利の存在についてその疎明を欠くこととなるのであるが、もとより保証をもつてこれに代えることも適当とは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、失当として、却下するほかはない。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 岡成人 乾達彦)

〔別紙第一図面〕〈省略〉

〔別紙第二図面〕〈省略〉

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